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茨城県土浦市荒川沖DO!!SPE会のブログ

 本会は、自分達が生まれ育った荒川沖の伝統と歴史などを継承し、地域の発展に貢献し、暮らしやすい街を創造するために、元気に楽しく活動することを目的としています。
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姫宮神社
     
安産の神様!!

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荒川沖駅西口を出てまっすぐ歩いて土岐時計店の手前の小道を左に進むと・・・。

細い路地に入ると、あっ!神社!!
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ふつうのお家の隣に見えてきたのが姫宮神社です。

西暦1645年 (寛永20年)に建てられたという姫宮神社。
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新しく綺麗になってる。

と、ここであるある探検隊の聞き込み調査!!

荒川沖で言い伝えられているこの神社の由来は結構、面白いです。

説は二つありまして、一つ目は『ボボのチ○ポなぜ』という人気信仰の話です。(笑)

この姫宮神社の境内には、明治の頃まで石造りの巨根が建っていて、何やら願いを託すご婦人達の"ボボのチ○ポなぜ"という人気の信仰があったという。

ある日忽然と消えてしまい、みんなをがっくりさせて、その後、持ち去った者が、変な所へ隠してしまったらしいと噂が流れたそうです。(笑)


そして、『それと姫宮は関係ない!!』という人達が言うもう一つの説は、

昔の話で、荒川沖のとある茶屋で働く女がいて、その女は旅の途中で産気づいた妊婦がいると、お産婆さんの代わりを頼まれるそうで、産婦を苦しませないで赤ん坊をとりあげるのが上手だったそうです。

しかし、苦しい女郎勤めの身であったため、病気になってもロクな看護もされず死んでいったそうです。

これを哀れんだ人たちがユーゲン寺の墓地に祠をたてて祀ったのが姫宮の前身であるというお話。




でも、どんな神様が祀ってあるの

再び、姫宮神社にいってみると・・・。
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(『安産の守護神』として・・・・・・・・地方には滅多にない珍しい神であるのです。)と書いてあります。


その名も、木花開耶姫命・・・エッ・・・ナニ!!・・・。


アッ!失礼しました。コノハナサクヤヒメノミコトと読むそうです。
ちなみにこの漢字は日本書記の記し方だそうです。

そして、更に詳しく調べてみると、一般的には木花咲耶姫命 と記されて、古事記

には木花之佐久夜毘売と記されるらしく、調べるのが結構大変でした。

調べていく内に正直驚いたのが、サクヤビメ(木花開耶姫命の略)の人気のすごさです。


   ------------------サクヤビメはどんな神様(かなりおおまかですが)-----------------

サクヤビメは、ニニギ(神様)に一目で見初められ、一晩の契りにて子を授かり、彼女を疑った『私の子ならば火の中でも産めるはず』と言うニニギの無理難題にも応える気の強さも持ち、そして火の中、3人の子供まで無事出産したうえに、その子供達も繁栄してゆくというサクヤビメの話は、出会いからはじまり、子孫繁栄まで続くその神話になぞり、子宝、安産、人格、鎮火、子孫繁栄などの神として、とくに女性に人気のある神だそうです。
   ----------------------------------------------------------------------------


ちなみに、サクラはこのサクヤビメという名が語源であるという説もあるそうです。

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サクヤビメを主神の祭神として祀っている神社は、有名どころでは、富士山の浅間神社、茨城では、笠間の羽梨山神社、かすみがうらの胎安神社、桜川の磯部稲村神社などなど点々と・・・。

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なぜか聖徳太子と書いてある石が・・・。




もしかすると・・・・・。

長崎県雲仙市に、『木花開耶媛神社』という神社があるそうですが、そこにはナント、石造りの巨根の像と、女陰の像が祀られているそうです。

”ボボの・・・”じゃないけど、本当に石造りの巨根はあったかも・・・。

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前の院稲荷と奥の院稲荷
     

6号国道をまたいでこんなものがっ!?

近隣の方ならば多分、荒川沖保育所前の支所には行かれた事はあると思います。
そして、そこに景色と化した鳥居があるのもなんとなくご存知かと...。

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支所にある『前の院稲荷』

これだけかと思いきや、道路に戻って、6号国道を渡った方を見るとナントそこにも似たような鳥居が...。

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6号国道を渡った所にある『奥の院稲荷』

あるある探検隊の調査結果

稲荷神社はウガノミタマノ神が祀られているが、この両社とも人格神で、前の 院が小松原庄左衛門、奥の院が小松原惣左衛門の霊魂を祀っている。

今から、約200年前になる天明3年(1783年)から天明7年にかけて、日本は異常気象による冷害が続き、全国的な大飢饉に見舞われた。荒川沖の牛久藩領でも例外ではなかった。飢えにあえぐ領民を助けるため、藩役人の小松原惣左衛門とその子庄左衛門は、藩主に嘆願して、年貢を免除、穀倉の救済米を放出した。さらに荒地開墾や冷害に強い作物などを奨励したのである。住民は惣左衛門父子の遺徳を偲んで、祠を建てて宿場繁栄の鎮守として、子々孫々に伝えているのである。

この両稲荷の森は、6,70年前までは、境内の一本一草盗取、盗伐すると神罰があると信じられて、欝蒼と茂っていたが、昭和23年境内に南支所が設けられ昭和27年には荒川沖保育所の用地に使用するようになって以来、当時の面影は消えている。

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支所の駐車場にチョコンと立っているこの石は、稲荷神社とこの石を百回往復して願いをかなえるという『お百度石』よく見ると、正一位稲荷御百度と刻まれている。

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この木は、『奥の院稲荷のしいの木』で平成12年11月3日土浦市市制施行60周年記念「ふるさと土浦自慢百選」に認定されている。

地図




荒川沖の今昔
     
"荒川沖"名前の由来

荒川沖は、阿見町荒川本郷から分かれた集落で、荒川本郷から遠くに見えるところから“荒川の沖”(沖:遠いところの意味)と言われ、水戸街道の歴史と共に歩んで来たところである。

水戸街道と共に栄えた庶民の宿場

 もともと水戸街道は、鎌倉街道の脇街道として、水戸道中とか江戸往還などと言われる細い道が通っていたが、徳川家康が江戸幕府開設早々の慶長九年(1604)7月から同14年12月にかけて、直轄工事でまっすぐに改修したものである。

 荒川沖と牛久間の改修については、牛久藩主山口重政がその任に当たり、完成後慶長15年11月荒川道取締りのために、領内の信田郡荒川村(阿見町荒川本郷)の有力農民7戸を選んで、ここに移転させ、藩の役人の下で街道取締りに当らせた。そして街道用務の増大に伴って、領民を張りつけた。

寛永8年(1631年)の記録では、宿戸数は40戸になって、街道の宿駅村落としての形態が形成されたという。

荒川宿はかくして、その名を正式名称としたが、当時の書付をみると、沖村、荒川村沖荒川村などと書かれており、一般的には荒川宿で通用していたのである。
その荒川宿は、いわゆる殿様が宿泊する陣屋宿場でなく、牛久陣屋宿場と中村陣屋宿場の中間にあたる「継立宿場」としてもっぱら庶民の宿場であった。

発展してゆく宿場

荒川本郷から移転した農民は初め、開拓農耕のかたわら、公的交通の用務に従事していたが、往還の増加に対応して、商いにも精をだすようになり、旅籠や灯油、灯心を油屋、そば屋などの店を開く者も多くなり、宿場らしい雰囲気をつくっていった。

ところで荒川宿の継立問屋は、代々名主の川村八宗治家が継いでいたが、その継立区域は、上りは牛久本陣までの一里三十三町、下りは中村宿二十四町までの間であった。
往還は公的な場合は馬とか籠であったから、宿駅の問屋では、乗馬10頭とか籠3挺、それに荷担ぎ人足25人というように、常時備えておかなければならなかった。

文政5年(1822年)の記録でみると、荒川宿を通った諸大名は、津軽、松前、南部、仙台、秋田、水戸、土浦藩など22藩におよんでいるが、特に関東の大名は、2月と8月の半年交代が例であったから、問屋の仕事は他の街道に比べて忙しく、且つ気遣いが多かったと言われている。

また、街道宿には、旅籠や女郎屋がつきものだった。藩でもこれを半ば公然と認めていた。だから荒川宿の夜は軒行灯の灯色を映らせて、遊女屋から流れる三味線の音や酒盛りのざれ唄が、そこかしこに聞こえて「女なくして何の道中かなし」といった、宿場独特の情緒で夜が明けたという。

一方、近辺で農業を専業とする者も、農業の合間には問屋の荷担ぎ人足や宿場雑務に雇われ賃金を得たので、他村に比べて経済的に恵まれていた。半面宿場特有の女と酒、賭博に身を持ち崩し、先祖伝来の田畑を失う者もいたという。
宿通り(荒川沖派出所から西一丁目)の佐野屋、二六屋、荒井屋、おおぎ屋
松屋、岡本屋、鶴屋などの屋号は、そうした往時の繁昌した宿場商店の名残りである。

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鶴もと

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佐野屋

参考資料  「土浦町内ものがたり 本堂 清著」(常陽新聞新社発行)
                   中荒川沖  鶴町利雄氏まとめ





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